CRM(顧客関係管理)やSFA(営業支援システム)の内製化を考える際、最初に決めるべきは製品をやめるか否かではなく、どこまで自社で作るかという境界線です。顧客台帳・案件管理・MA(マーケティングオートメーション:見込み顧客の育成や配信を自動化する仕組み)は既存のCRMに残し、自社独自の商流や二重入力の発生箇所だけを専用システムで補うのが現実的です。標準機能を活用できているなら、既存の仕組みを残すほうが合理的です。自社の状況がどちらに近いか、9項目の判断表で整理します。
CRMの内製化という表現には主に2つの文脈があります。1つはSalesforceなどの製品を残したまま、自社のエンジニアが設定や追加開発、運用を行うケースです。もう1つは、業務に合わせた専用システムを内製または受託開発で構築し、一部または全部を置き換えるケースです。本記事では後者の「専用システムへの切り分け」を扱い、既存SaaS上でのノーコード設定手順には触れません。
CRM内製化の範囲を決める9項目の判断表
CRM・SFAの業務を、感覚ではなく次の9項目で仕分けます。契約中の製品を1つずつ表に当てはめてみてください。
判定は「SaaSに残す」「プラン・契約の見直し」「専用システムでの作り替え候補」の3つに整理し、提供条件や制約を別列で示します。表中の「稟議フロー」は社内の承認手順を指します。
| 業務・管理項目 | 基本判定 | 提供条件・考慮事項 | 判断の理由 |
|---|---|---|---|
| 顧客台帳(企業・担当者情報)の管理 | SaaSに残す | 正本(マスターデータ)の管理先 | レコード管理はCRMの中心機能。蓄積データや連携先が多いほど移行負担が大きい |
| 案件・商談プロセスの管理 | SaaSに残す | 標準的なパイプライン設計に依存 | 商談ステージに沿った案件管理は製品の型に合いやすく、標準機能を活かしやすい |
| MA・一斉メール配信 | SaaSに残す | エディション・追加契約や配信通数制限を確認 | 配信インフラの到達率維持や標準規格への追従が必要なため、SaaS側に置くのが合理的 |
| 標準ダッシュボード・集計レポート | SaaSに残す | 下位プランではカスタマイズ制限がある場合あり | 標準のレポート機能で充足する範囲なら、追加開発なしで運用できる |
| 会計・広告・Webフォームとの外部連携 | SaaSに残す | コネクタやWebサービスAPIの利用可否・有償オプションを確認 | 標準連携や主要サービス向けコネクタが提供されているなら、そのまま使うほうが早い |
| 閲覧のみを行うユーザーの管理 | プラン・契約の見直し | 製品・契約体系により扱いが異なる | HubSpotではシート制導入後のプランで「表示のみのシート」が無償提供される一方、Salesforce等は原則有料ライセンスが必要 |
| 使っていない機能に対するライセンス課金 | プラン・契約の見直し | 年間契約の途中減額や最低契約数に制限あり | システムを作り替える前に、不要な有料シートの解約やプラン引き下げが可能か確認する |
| 自社独自の商流・複雑な稟議フロー | 作り替え候補 | SaaS標準機能の外側にある個別要件 | 標準機能に無理に合わせると設定が複雑化・属人化しやすいため、入力画面や承認のみ外出しを検討する |
| 他システムとの二重入力・手動同期 | 作り替え候補 | API連携または個別ツールの構築対象 | 同一情報の複数入力は現場負担が大きく、SaaS外での自動連携や連携用フロントの構築が有効 |
この9項目は独立していません。人数×単価の負担が目立っていても、他システムとの連携を作り込んでいる会社は移行の負担が大きくなります。未充足の業務要件・費用負担・移行工数のバランスを踏まえ、まずは契約プランや権限の見直しで解決できないかを最初に確認してください。
案件管理と顧客台帳を残す根拠は「顧客データの正をひとつにする」こと
案件管理と顧客台帳をCRMに残す主眼は、法令要件の有無にかかわらず、顧客データの正(マスターデータ)と外部サービスとの接続点を1か所にまとめておくことにあります。メール配信の停止履歴(オプトアウト)や広告・Webフォームからの流入履歴は、「いまどの顧客がどの状態にあるか」に紐づいています。この情報が分散すると、突合作業そのものが新しい業務として増えてしまいます。
次のいずれかに当てはまる場合は、無理に作り替える対象になりません。
- MA・外部連携の活用: マーケティングオートメーション(MA)やメール配信、外部の広告・会計システムとの連携を実際に活用している
- 営業プロセスの標準性: 営業プロセスが標準的で、製品が想定する型にそのまま合っている
- 人数規模: 少人数で運用しており、人数×単価の費用がまだ経営上の問題になっていない
MAやメール配信、Webフォームとの連携を作り込んでいる会社ほど、作り替え時に連携の再構築が必要になり、移行の負担が大きくなります。これらに当てはまる会社にとって、Salesforce・HubSpotを使い続けることは合理的な選択です。
Salesforce・HubSpotの公表情報【2026年9月10日確認】
本記事は、Salesforceの主要製品であるSales Cloud(営業支援・CRM)と、HubSpotの営業向け製品であるSales Hub(営業支援ソフトウェア)を対象とします。両社とも公式サイトに料金体系を公開していますが、公開の形が異なります。
Sales CloudにはFree Suiteを含む次の6区分があり、単価は公式サイトに次のとおり掲載されています(2026年9月10日確認。提示資料において税区分は未確認のため、実際の請求総額ではなく公式サイトの掲載単価に基づきます)。
| エディション | 単価(1ユーザー/月) | 契約形態 |
|---|---|---|
| Free Suite | 0円 | — |
| Starter Suite | 3,000円 | 月払いまたは年払い |
| Pro Suite | 12,000円 | 年間契約 |
| Core | 23,400円 | 年間契約 |
| Advanced | 47,400円 | 年間契約 |
| Max | 66,000円 | 年間契約 |
公式サイトの価格表ではCore・Advanced・Maxの名称が使われていますが、同じページ下部のよくある質問には従来のEnterprise・Unlimited・Agentforce 1 Salesという名称も併記されています。公式FAQには「Salesforce製品のほとんどは年間契約」と明記されています(2026年9月10日時点)。単価は有料ユーザー数に比例するため、有料ライセンスを必要とする人員が増えるほど費用も伸びる仕組みです。
HubSpotのSales Hubでは、Starter・Professional・Enterpriseの各契約でユーザーに「シート」が割り当てられます。2024年3月5日以降に導入された新価格体系では、閲覧だけを行う「表示のみのシート」は無料で数の制限なく割り当てられます(2026年9月9日確認)。ただし、2024年3月5日以前に開設され新体系へ移行していないアカウントは旧仕様の有料シート体系が適用されるほか、ユーザーから有料シートの割り当てを解除・削除しても当期の請求額が即時に減額されるわけではありません。割り当ての解除と契約シート数自体の変更・減額時期は契約条件により異なるため、個別契約やサポートでの確認が必要です。最新の確定見積や料金はHubSpot公式料金ページでご確認ください。
両社に共通するのは、業務で利用する有料ユーザーの数とプランのグレードで費用が決まる構造です。ただし内訳は異なります。Sales Cloudは原則として利用ユーザー数に応じた課金となり、HubSpotはシートの種類によって課金対象が分かれます。そのため、編集や更新を行う有料シートの対象者が増える場合に費用の伸びが顕著になります。
内製化の対象となる「標準機能の外側」にある3つの業務
CRM・SFAの標準機能でカバーしきれず、専用システムへの切り出し候補となりやすい業務は、主に3つに集中します。
- 自社独自の商流・稟議フロー: 見積の社内承認や与信の確認など、自社にしかない手順を標準の商談ステージに当てはめている状態です。項目追加やカスタマイズで吸収し続けると、設定の管理が担当者に属人化します
- 案件と請求・会計の二重入力: 受注後の請求や入金を別のシステムで扱っている場合、同じ顧客名・金額を2か所に入力する作業が残ります。標準連携がない組み合わせほど、この手入力が固定化します
- 独自のレポート・集計: 担当者別×商材別×粗利のように標準のダッシュボードに収まらない切り口は、CSVで書き出して表計算ソフトで作り直す運用になりやすい領域です
これら3つの業務は、CRM・SFAの機能不足ではなく、標準機能の外側にある業務固有の要素です。なお、「使っていない機能への人数課金」は業務の作り替えではなく、判断表でも示したとおり有料シートの解約やプラン変更といった「契約の見直し」で対処すべき観点です。顧客台帳・案件管理・MA・外部連携はSaaSに残し、契約見直しで解消しない固有業務のみを作り替えの検討対象にするのが現実的です。
チャット上の合意事項をタスクや案件に連携させる検証例は、事例集の〈CASE 07|チャットで決めたことを、正式な仕事にする〉(連携検証の記録であり常時運用の実証ではありません)で確認できます。
内製化は併用から進める — MA・メール配信はSaaSに残す
- 1. 顧客接点・MA(SaaS) フォーム流入やメール配信、配信停止(オプトアウト)履歴をSaaS側で一元管理
- 顧客情報・履歴の同期 2. 顧客・案件の正本(CRM SaaS) 顧客台帳と基本案件情報をマスターデータ(正)として保持し、一意のIDで管理
- API連携(参照・承認要求) 3. 専用業務フロント(内製・個別開発) 自社独自の複雑な商流・稟議承認や、基幹システムへの入力補正を担当
- 承認・完了データの反映 4. 正本へのデータ更新 承認結果や確定進捗をCRM正本へフィードバックし、全社で最新状況を共有
顧客データの正本や配信停止情報はCRM側に残し、独自手順のみを外側の専用画面で処理することでデータ分散を防ぎます。ただし、専用画面の利用時もCRM側の参照・API利用に必要なライセンス契約が別途必要になる場合があるため、ライセンス費用の削減を一律に保証するものではありません。
現実的な進め方は、全面移行ではなく併用です。外部の標準規格や大量配信インフラに依存する機能、および顧客・案件のマスターデータはSaaSに残し、自社独自の承認フローや他システムとの入力連携など、周辺業務から段階的に専用システムへ切り出します。手順は次の6段階です。
- 棚卸し: 現場で実際に使っている項目・稟議手順・二重入力箇所を洗い出す
- データ構造と同期設計: 顧客IDの一意性、更新方向(どちらが正本か)、配信停止フラグの同期手順に加え、専用画面やAPIのアクセス権限、重複更新の防止手順を確認する
- 最初の1業務を選ぶ: 顧客台帳本体ではなく、独自の稟議フローや受発注入力など周辺の1業務に絞る
- MVP(必要最小限の機能)で試す: 選んだ1業務に特化した入力画面や自動化を小さく作って検証する
- 並行運用と差分照合: 既存CRMと連携させ、データの不整合や入力漏れが起きないかを担当者を定めて照合し、連携障害時の対応担当や、不具合発生時の切替・切戻し条件を事前に定めておく
- 定着と契約見直し: 外部フロントの運用が定着した後、CRM側の権限や有料ライセンス数の適正化を検討する
モデルケースとして、従業員30名の会社で、営業担当20名全員にPro Suite(12,000円/ユーザー/月・年間契約)を契約し、残る10名は利用していない状況を想定します(単価は固定・提示資料で税区分が未確認のため公式サイト表示額による月額換算試算であり実際の請求総額とは異なる場合あり・ライセンス外費用は除く)。この場合の月額換算ライセンス費用は12,000円×20名=240,000円です。半年後に既存の非利用者5名が営業へ配置転換されて有料利用者が25名になった場合、月額換算は12,000円×25名=300,000円(差額60,000円/月)となります。これは年間契約の単純月額換算であり、途中追加の精算条件等は製品契約によります。なお、入力フロントを外に構築したとしても、CRM側の参照・API利用に必要なライセンスや最低契約数が存在するため、専用システムの導入が直ちにライセンス費用の全額削減につながるわけではありません。
削減額や置き換えにかかる期間は、契約プラン・データ量・移行対象によって前提が変わるため、本記事では断定しません。自社で試算する場合は、現在の契約人数×単価と、増員予定人数×単価を並べたうえで、作り替え側には初期開発費用と保守費用を置いて比べてください。
自社の使い方が判断表のどちら側に近いか整理したい場合は、無料のAI自動化診断が出発点になります。作り替え側の概算を確認したい場合は、AI・ノーコード開発費用見積もりシミュレーターも利用できます。
AI駆動開発で作り替えると、何がどう変わるか
独自の商流や入力業務を専用システムとして構築する場合、画面や項目を自社の営業フローに最適化できます。SaaSのユーザー課金とは異なりアカウント増によるライセンス単価の単純比例は抑えやすくなりますが、インフラ利用料、API通信料、改修・保守運用費は別途発生します。また、残すSaaS側のライセンス費用やデータ連携の維持費も継続して発生するため、両方の総コストで比較検討する必要があります。支援形態としては、担当エンジニアが業務分析から実装・運用定着まで伴走するFDE型(FDE型AI導入支援とは)や受託開発などの選択肢があります。費用構造は初期開発費用と保守費用が中心となります(相場の目安は開発費用の相場解説を参照)。
データ・画面・計測を一気通貫で検証した事例として、収益物件マッチング基盤の検証環境を構築した記録(〈CASE 16|画面・データ・計測を、一気通貫で検証する〉※CRM本番移行の成果実証ではありません)があります。また、案件の進捗更新の自動化については、当時の運用記録である〈営業パイプラインをAIが毎日更新する〉で確認できます。
よくある質問
SalesforceやHubSpotは、絶対にやめた方がいいのでしょうか?
いいえ。標準的な営業プロセスで運用でき、MAや外部連携を活用している会社にとっては、使い続けることが合理的な選択です。
CRMを作り替える場合、Salesforce・HubSpotのデータは移行できますか?
案件・顧客データは、各社の公式ヘルプに手順が案内されています。HubSpotはCSV・XLSX・XLS形式でのレコードのエクスポートに対応しています(2026年9月9日確認)。移行前に対象範囲と形式の確認をしてください。
作り替えるとしたら、何人規模の会社が対象になりますか?
人数の目安は一律ではありません。標準機能をフル活用しておらず、有料シートが必要な利用者が増えることで費用負担が拡大している場合に、契約プランの見直しや周辺機能の外出し検討が有効になります。
残すか作り替えるか迷ったら、何から手をつければいいですか?
まずは契約中のCRMの利用実態を判断表の項目に当てはめ、標準機能でカバーできている範囲と外側にある業務を洗い出します。いきなりシステムを開発するのではなく、契約プランの変更や無償閲覧権限の活用で費用を最適化できないかを確認することが先決です。
現場でSFAが定着しない悩みは、内製化で解決できますか?
まずは定着しない原因の切り分けが必要です。入力項目が現場の商流と合わず負担になっているなら、内製化で改善する可能性があります。一方、運用の設計や社内教育、入力習慣の定着不足が理由であれば、システムを作り替えても解消しないことがあります。
業務別の判断基準は、勤怠・請求・見積・在庫・発注の各記事でも扱っています。SaaS費用の考え方を横断的に整理する場合は「SaaS is dead」とは何か、残す/置き換えの基本は残すSaaSと置き換えるSaaSの見極め基準、契約中の全SaaSの棚卸し手順はSaaS費用の棚卸し実務、解約・データ移行等の個別論点は脱SaaSのよくある質問20をご覧ください。Salesforceの5年総コストの試算方法はSalesforceの総保有コストを試算する、営業支援ツールの使われ方は営業業務でのAI活用で解説しています。
自社のどの業務からAI化すべきかを知りたい方は、無料のAI自動化診断をご利用ください。自社の業務に合わせたシステムをAI駆動開発で作る場合の相談・見積りは、株式会社Walkersのシステム開発事業で受け付けています。本記事は、FDE型のAI導入支援を行う株式会社Walkersが運営しています。
参考
執筆時点(Salesforceの価格は2026年9月10日、その他は2026年9月9日確認)の各公式サイトの公開情報に基づきます。価格・仕様は予告なく変更される場合があるため、最新情報は各公式サイトでご確認ください。
- Salesforce公式サイト「Sales Cloudの価格」(取得日 2026-09-10)
- HubSpot公式サイト「Sales Hubの料金」(取得日 2026-09-09・価格表はブラウザでの動的表示のため本記事では数値を未確認)
- HubSpotナレッジベース「シートの割り当てと管理」(取得日 2026-09-09)
- HubSpotナレッジベース「レコードをエクスポートする」(取得日 2026-09-09)
- 株式会社Walkers「AI駆動開発費用の相場まとめ」(取得日 2026-09-09)
- 株式会社Walkers「FDE型AI導入支援とは」(取得日 2026-09-09)
- 株式会社Walkers「AI・ノーコード開発費用見積もりシミュレーター」(取得日 2026-09-09)
