製造業のAI導入というと、外観検査の画像AIや予知保全のような、大きな設備投資を伴うスマート工場の事例が先に思い浮かびがちです。しかし中小工場が着手しやすいのは、見積書・図面の書類作成や日報整理、マニュアル検索、問い合わせ対応、多言語対応など、既存のパソコンで始められる領域です。設備投資が要らない業務から着手し、効果を確かめながら範囲を広げる進め方が現実的です。
製造業のAI導入で、まず知っておきたい現状
独立行政法人中小企業基盤整備機構が2024年に実施した調査によると、全業種で「DXに既に取り組んでいる」または「取り組みを検討している」と答えた企業は42.0%、「取り組む予定はない」と答えた企業も30.9%存在します。製造業に絞ると、「既に取り組んでいる」20.2%、「検討している」28.6%、「必要だと思うが取り組めていない」28.8%、「取り組む予定はない」22.4%という内訳です。
取り組みの中身も同じ調査で聞かれています。ここからは全業種の数値ですが、DXに取り組んでいる・検討している企業が実際に何をしているかを見ると、最も多いのは「文書の電子化・ペーパレス化」の57.6%で、「AIの活用」は14.3%にとどまります。また、DXに既に取り組んでいると答えた企業のうち「紙媒体をベースとした業務を行っている」は7.6%で、前回調査の8.2%から減少しています。
製造業に話を戻すと、「必要だと思うが取り組めていない」28.8%と「取り組む予定はない」22.4%を合わせた51.2%が、まだ着手していない側です。ただし、この割合だけでは紙の書類がどの程度残っているかは分かりません。自社でAI活用を検討する際は、書類の保管形式やデータ化の状況から確認してください。
設備投資が要る領域と、要らない領域を分けて考える
製造業のAI活用の記事で紹介される事例の多くは、外観検査の画像AI、設備の予知保全、生産計画の最適化といった、大企業のスマート工場を想定した内容です。効果が見込める領域ではありますが、カメラ・センサー・基幹システムとの連携など、一定の設備投資と検証期間を前提とします。中小工場が「うちの規模では無理だ」と感じる大きな理由は、この設備投資前提の事例ばかりが目立つことにあります。
一方で製造業の業務には、設備投資を伴わずに着手できる領域も数多くあります。見積書・図面まわりの書類作成、日報・作業報告の整理、技術文書やマニュアルの検索、問い合わせ対応、多言語対応といった、既存のパソコンやクラウドサービスの範囲で始められる業務です。両者を分けて考えることが、最初の一歩を選ぶ土台になります。
| 領域 | 代表的な内容 | 設備投資 | 着手のハードル |
|---|---|---|---|
| 外観検査(画像AI) | 傷・異物・欠陥の自動検知 | 要る(カメラ・照明・処理用PC等) | 高い。ライン改修や検証期間が前提 |
| 予知保全 | 振動・温度データからの故障予兆検知 | 要る(センサー・データ収集基盤) | 高い。既存設備へのセンサー後付けが必要 |
| 生産計画の最適化 | 需要予測・工程順序の自動化 | 要る場合が多い(基幹システム連携) | 中〜高。既存の生産管理システムとの連携が前提 |
| 見積書・図面まわりの書類作成 | 過去見積の参照、図面情報の文章化 | 要らない | 低い。既存PC・クラウドサービスで着手可 |
| 日報・作業報告の整理 | 手書き日報の文字起こし・要約 | 要らない | 低い。スマホ・タブレットで着手可 |
| 技術文書・マニュアルの検索 | 過去マニュアルやトラブル対応履歴の検索 | 要らない | 低い。既存文書をデータ化すれば着手可 |
| 問い合わせ対応 | 発注元・仕入先からの定型的な問い合わせの下書き作成 | 要らない | 低い |
| 多言語対応 | 外国人技能実習生向けの作業手順の翻訳 | 要らない | 低い |
現場PCが少ない・年配の作業者が多い工場でも進められる順序
中小工場には、現場に十分なパソコンがない、ネットワークが生産設備と分離されている、年配の作業者が多く新しい画面操作に慣れていない、図面や作業手順が紙のまま残っている、といった制約が重なっていることが珍しくありません。これらの制約は、AI導入を諦める理由ではなく、着手する順序を決める材料として使うべきものです。
現実的な順序は次のようになります。まず、事務所のパソコンだけで完結する書類仕事(見積書・図面の文章化、日報の整理)から始めます。次に、現場の紙の記録をスマートフォンで撮影してデータ化する工程を試します。現場の生産設備そのものに手を入れる外観検査や予知保全は、この2段階を経て、社内にAI活用の実務経験が蓄積してから検討する、という進め方です。ネットワークが分離された生産設備のデータをAIに直接つなぐ話は、社内のIT・セキュリティ担当と相談してから進めてください。
①見積書・図面まわりの書類作成でできること
見積書の作成では、過去の類似案件の内容を参照しながら、数値を入力する前の文章部分(仕様説明・注意書きなど)の下書きをAIに作らせる使い方ができます。図面や帳票の情報をテキスト化する用途では、AI-OCRを使う方法があります。ただし精度は書類の状態に大きく左右されます。印字された定型の帳票やスキャンした図面では候補の起こしが速くなる一方、手書きや、かすれ・傾きのある図面では読み取り誤りが出やすくなります。材質・寸法・公差のように誤りが製品不良に直結する数値は、必ず原本と突き合わせてください。
ただし、寸法・公差・材質などの数値情報をAIが読み取った結果を、確認なしにそのまま見積書や指示書へ転記することは避けてください。読み取り誤りが1桁でも起きれば、それがそのまま製品の仕様間違いや加工ミスにつながります。AIが返す数値はあくまで候補であり、原本の図面と担当者が必ず突き合わせる工程を挟む必要があります。
②日報・作業報告の整理でできること
現場の日報が手書きのまま残っている工場は少なくありません。手書きの日報をスマートフォンで撮影し、文字起こしして要約する使い方であれば、既存の紙の運用を大きく変えずに導入できます。複数の作業者が書いた表現のばらつきを整えたり、月次でよくあるトラブルの傾向をまとめたりする用途にも使えます。
一方で、日報に書かれた作業内容が事実かどうか、安全上の手順が守られていたかどうかの確認は、AIではなく人が行う仕事です。AIはあくまで、書かれた内容を整理・要約する役割にとどめてください。
③技術文書・マニュアルの検索、問い合わせ対応、多言語対応でできること
過去のマニュアルやトラブル対応の記録が社内に蓄積されている工場では、生成AIを使って「似た不具合が過去にあったか」を検索・要約させる使い方が有効です。ベテラン従業員しか把握していない対応履歴を、文書として残っている範囲で検索しやすくする効果が見込めます。
発注元や仕入先からの定型的な問い合わせについても、過去のやり取りを参照した返信の下書きをAIに作らせ、最終確認だけ人が行う進め方ができます。また、外国人技能実習生など日本語を母語としない作業者向けに、作業手順書を多言語化する用途も、既存の文書があれば設備投資なしで着手できます。
これらに共通するのは、「AIが答えを作る」のではなく「AIが人の検索・下書きの手間を減らす」という役割にとどめている点です。回答や翻訳の内容が実際の仕様と食い違っていないかは、最終的に人が確認してください。
設備投資が要る領域は、社内に経験が蓄積してから検討する
外観検査の画像AI、予知保全、生産計画の最適化は、いずれも効果が見込める領域ですが、導入前に検証期間を要し、既存設備との相性も工場ごとに異なります。これらを検討する際は、書類仕事や日報整理といった設備投資不要の領域で得た「AIの得意・不得意の感覚」を土台にすることをおすすめします。何をAIに任せられて、何を人が確認すべきかという線引きの感覚は、規模の小さい業務で先に身につけておくほうが、大きな投資判断の際の見誤りを減らせます。
設備投資を伴う領域の検討では、補助金の活用を視野に入れる工場もあります。補助金は公募回により要件が異なります。金額や採択の可否をこの記事で断定することはできませんので、検討する際は該当する補助金の公募要領を確認してください。
AI活用が向かない・慎重に扱うべき判断
製造業のAI活用には、任せてよい範囲とは別に、そもそも向かない判断があります。安全に関わる判断(作業手順を省略してよいかどうかなど)、品質保証の最終判断(出荷可否の最終承認)、寸法・公差など誤りがそのまま製品不良につながる数値の自動転記は、AIに最終責任を持たせるべきではありません。AIが提示するのはあくまで候補や下書きであり、責任を持って確定させるのは人です。この線引きを曖昧にしないことが、AI活用を安全に広げていくための前提になります。
製造業の業務をAI駆動開発で自社専用に作ると、何が変わるか
ここまで見てきた書類作成やマニュアル検索は、既製のクラウドサービスを使う前提の話でした。現場のネットワーク構成や図面のフォーマットが自社特有で、既製サービスでは扱いにくい場合、それらに合わせた専用システムをAI駆動開発(AIを活用してソフトウェアを開発する手法)で作る選択肢もあります。1社専用の環境として設計するため、現場のネットワークが分離されているといった制約にも合わせやすくなります。
進め方は他の業務と同じで、対象業務を棚卸しし、最初の1業務を選んで必要最小限の機能(MVP)で試し、範囲を広げます(最初の1業務の選び方も参考にしてください)。担当のFDE(フォワードデプロイドエンジニア)が要件整理から運用の定着まで現場に入り込んで伴走し、詳しくはFDE型AI導入支援とはで解説しています。費用は初期の開発費用に加え、公開後の保守費用がかかる構造です。
取り扱う図面や帳票の量が少なく既製サービスの範囲で足りる場合や、外観検査・予知保全のように設備投資自体が前提となる領域は、この記事で扱った範囲とは別に検討が必要です。
製造業でAI導入を始めるなら、最初の一歩をどう選ぶか
ここまで見てきたように、製造業のAI活用には「設備投資が要る領域」と「要らない領域」があり、後者から着手するほうが多くの中小工場にとって現実的です。自社に当てはめる際は、まず紙の書類仕事や日報整理のうち、量が多く担当者の負担が大きい業務を1つ選んで試すことをおすすめします。
業務全体の中でAI導入をどう位置づけるかについては、中小企業のAI導入 完全ガイドで手順を解説しています。最初にどの業務から始めるべきか迷う場合は、AI導入はどこから始める?最初の1業務の選び方も参考にしてください。設備投資を急いで大きな仕組みから着手し、現場に定着しないまま終わってしまう例も見られます。よくある失敗パターン7選にも目を通しておくと、同じ失敗を避けやすくなります。自社のどの業務からAI化すべきかを客観的な視点で確認したい場合は、無料のAI自動化診断を利用する方法もあります。
よくある質問
製造業でAI導入を検討する際、何から始めればいいですか?
外観検査や予知保全のような設備投資が要る領域ではなく、見積書・図面の書類作成や日報整理など、既存のパソコンで着手できる領域から始めることをおすすめします。
現場のパソコンが少なく、ネットワークも分離されていますが、AI活用はできますか?
事務所のパソコンで完結する書類仕事から始められます。現場の生産設備データを扱う場合は、社内のIT・セキュリティ担当に相談してから進めてください。
外観検査や予知保全にAIを使う場合、補助金は使えますか?
公募回により要件が異なるため、金額や採択の可否はこの記事では断定できません。検討する際は該当する補助金の公募要領を必ず自身で確認してください。
自社のどの業務からAI化すべきかを知りたい方は、無料のAI自動化診断をご利用ください。自社の業務に合わせたシステムをAI駆動開発で作る場合の相談・見積りは、株式会社Walkersのシステム開発事業で受け付けています。本記事は、FDE型のAI導入支援を行う株式会社Walkersが運営しています。
参考
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構「中小企業のDX推進に関する調査(2024年)アンケート調査報告書」(令和6年12月): https://www.smrj.go.jp/research_case/questionnaire/fbrion0000002pjw-att/202412_DX_report.pdf
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「中小規模製造業者の製造分野におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)推進のためのガイド 製造分野のDX事例集」: https://www.ipa.go.jp/digital/dx/mfg-dx/ug65p90000001kqv-att/000087633.pdf
